寿命(じめ)の唐戸
▲寿命の唐戸と川ひらた
中間の唐戸が完成し、堀川の通運が開始され流域の村の石高も増えましたが、遠賀川上流の水勢が弱まったため、上流の村にたびたび洪水がおこりました。そのため、1804年(文化元年)、取水口を中間から楠橋に移し、寿命の唐戸が建設されました。これにより堀川運河全線が開通しました。
寿命の唐戸は、中間の唐戸とほぼ同じ構造でつくられており、北九州市の有形文化財に指定(昭和46年4月21日)されています。